Economic Development

日本におけるスキルギャップの現状と キャリア強化・経済成長加速に向けた方策

August 30, 2023

Global

日本におけるスキルギャップの現状と キャリア強化・経済成長加速に向けた方策

August 30, 2023

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Ritu Bhandari

Manager

Ritu Bhandari is a Manager with the Policy & Insights team at Economist Impact. She has over six years of experience working in a wide range of public policy topics including education, technology and sustainability. At Economist Impact, she manages research programs for private-sector, governments and NGO clients in Asia, covering topics like food security, climate & sustainability, and globalisation and trade. She holds a Master’s degree in Public Policy from Lee Kuan Yew School of Public Policy, National University of Singapore, where she specialised in economic policy analysis.

Economist ImpactはGoogleによるサポートの下、人材のスキルギャップ・リスキリング・アップスキリングに関するリサーチを2022年11月から2023年1月にかけて実施した。本プロジェクトでは、アジア太平洋地域を拠点とする企業の従業員1375名(うち100名は日本を拠点とする)へのアンケート調査と、企業経営者・専門家を対象とした聞き取り調査が行われた。

アンケート調査の対象者は、域内14カ国・地域の様々な業界から参加。世代別の内訳は、11.8%がZ世代(1997〜2012年生まれ)、63.2%がミレニアル世代(1981〜1996年生まれ)、25%がX世代(1965〜1980年生まれ)となっている。

今回の調査で域内全体の傾向として浮き彫りとなったのは、今後重要となるスキル、そしてその強化に向けたベストプラクティスについて雇用者・従業員の共通認識が十分形成されていない現状だ。また経営者のニーズと従業員が重視するスキルに隔たりが見られる分野もあった。こうしたギャップの解消は、将来的な経済変化への対応力を備えた人材育成のために不可欠だろう。

Economist Impactは、アジア太平洋地域におけるリスキリング・アップスキリングを検証する報告書を作成した。同報告書を補完するシリーズ記事(全12回)の一つとなる本記事では、日本の現状と課題について取り上げる。

 

主要な論点:

  • 日本を拠点とする調査対象者の65%は、デジタルスキル(特に基本的スキル)を獲得すべき重要スキルの一つと捉えている。またサイバーセキュリティ(53.8%)、ITサポート(52.3%)、データ分析・可視化(50.8%)など、より高度なデジタルスキルを必須と考える回答者も多かった。
  • 同国では、経済的インセンティブ(59%)や多様なスキル強化プログラム(51%)など、スキルアップ支援を雇用主に期待する回答者が多く見られた。
  • スキルベース採用は日本でも普及しつつある。今回の調査では、所属企業がスキルベース採用などの新たな雇用スタイルへシフトしているとした回答者が全体の60%、オンライン資格・認定証を重視しているとした回答者が54%に達している。

 

日本における人口動態の変化は、労働市場に大きな影響を及ぼしつつある。急速な人口高齢化とともに、生産年齢人口(15〜64才)が全体に占める割合は2050年までに5710万人へと約20%減少する見込みだ1。こうしたトレンドは、将来的な人材不足につながる可能性が高い。日本の労働者の約70%を雇用するなど、国内経済を屋台骨として支える中小企業は、特に大きなあおりを受けるだろう2

人材不足が特に顕著なのは、過去2年間の有効求人倍率が1.35倍と高止まりが続くITサービスセクターだ3 4 5。政府の推計によると、2030年までに同セクターの人材不足は45万人に達するという6。日本企業全体の99.7%を占める中小企業には、特に深刻な影響が及ぶ見込みだ。

デジタル人材の不足は、日本の長期的な競争力・生産性にも影を落とす可能性がある。同国の重要課題であるデジタル化の推進力が削がれることになるからだ。ある試算によると、テクノロジーの進化に伴い創出される1200万件の新規求人需要を満たすためには、毎年25万人のデータ・AI人材を生み出す必要があるという7

 

日本の回答者が考える最重要項目はデジタルスキルの強化

今回実施した調査では、デジタルスキルの獲得を最重要項目の一つと考える日本の回答者が65%と、アジア全体の平均値(57.6%)を上回った。その背景として考えられるのは、レガシーシステム・紙ベース業務からの脱却が進まず、デジタル化が他の先進国よりも遅れている現状だ8

ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事 後藤宗明氏によると、「ビジネスにおけるデジタルトランスフォーメーション[DX]は、デジタル・マーケティングから法務部門へのブロックチェーン導入といった特定スキルまで、あらゆる分野でデジタルスキルの需要拡大を後押ししている」という。デジタルスキル獲得の重要性は、今回の調査結果からも明らかだ。基本的デジタルスキルが必須だと考える回答者は70.8%。サイバーセキュリティ(53.8%)・ITサポート(52.3%)・データの分析・可視化(50.8%)など、高度なデジタルスキルを重視する回答者も多く見られた。

 

1:日本の回答者はデジタルスキルを最も重視

所属セクターの人材にとって現在最も重要なスキル・カテゴリーを選択して下さい(複数回答可)

資料:Economist Impactによる調査(2023年実施)

 

表2:回答者の多くはサイバーセキュリティ・ITサポート・データ分析などの高度スキルも必須と考えている

各スキル・カテゴリーが所属セクターの人材にとって現在どの程度重要かを、“必須だ”・“獲得が望ましい”・“必要ない”の三択でお答え下さい(複数回答可)

資料:Economist Impactによる調査(2023年実施)

 

サイバーセキュリティのスキル不足は、外部ベンダーへの依存度が高い日本企業にとって特に深刻な課題だ9。アジア太平洋地域を対象としたある研究によると、日本では域内諸国最大となる約5万5800名のサイバーセキュリティ人材が不足しているという10。この現状は予算規模が比較的小さく、ともすればサイバー攻撃の標的になりやすい中小企業へ特に影響を及ぼす恐れがある。

今回の調査ではITサポート・スキル、つまり顧客・エンドユーザーに技術的サポートを提供する能力を重視する回答者が多く見られた。その背景の一つとして考えられるのは、2022年時点で2100億ドル[約29兆円]の規模を誇るSaaS市場の成長ポテンシャルだ11 12。また国内企業は、複雑なデータセットから情報を抽出するビッグデータ・ツールへの投資を加速させており、データ分析・可視化スキルを備えた人材のニーズも高まっている13

日本の回答者では、デジタルスキル以外に自己管理スキル(50%)、ソフトスキル・対人スキル(42%)を重視する傾向も見られた14。オンライン環境での効果的な業務管理・連携能力が求められるハイブリッド・ワークが普及したことが、こうした結果につながったようだ。ジャパン・リスキリング・イニシアティブの後藤氏によると、「対面コミュニケーションが重視される日本では、パンデミックに伴うリモートワークの広まりが特に大きな意識変化をもたらした」という。

一方、サステナビリティ・ESG[環境・社会・ガバナンス]の重要性の高まりにもかかわらず、グリーンスキルを重視する回答者はわずか15%にとどまっている。ただし後藤氏によると、日本でサステナブル・ビジネスへの転換が進むにつれ、その重要性は高まる見込みだ。2兆円規模の投資を含む政府のグリーン成長戦略が加速すれば、市場にも変化が生じるだろう。しかしグリーンスキル強化の最大の動機は、従業員の個人的関心(回答者の29%)となっているのが現状だ15

 

企業によるスキル強化支援と課題

デジタルスキル獲得の場として現在最も多く活用されているのは職場での研修(52%)で、オンライン学習(44%)も普及しつつある。しかし“市場が求めるスキルをよくわかっていない”とする回答者が61%に上るなど、スキルの需要動向に対する理解は十分浸透しておらず、情報ギャップは解消されていない。回答者の多くは、今後重要となるスキルの情報源としてニュース記事(59%)や職場でのイベント・雇用主(47.4%)を挙げており、こうしたチャンネルを通じたさらなる情報発信が求められる。

 

3:日本で最大のデジタルスキル強化機会となっているのは職場での研修

どのような場でデジタルスキルの強化を図っていますか?(複数回答可)

資料:Economist Impactによる調査(2023年実施)

 

日本でスキル強化が進まない背景の一つとなっているのは長時間労働の蔓延だ16。今回の調査でも、回答者は新たなスキル獲得を阻む最大の要因として時間の不足を挙げている。

 

求められる連携・官民パートナーシップの加速

Economist Impactによる今回の調査では、従業員の多くがスキル強化の主な推進役として雇用主を挙げている。認定証・その他特典などを通じた表彰制度(62%)、経済的インセンティブ(59%)、精神面のサポート(55%)、新たなスキルに関する情報提供(46%)といった多くの項目でその傾向が顕著に見られた。

労働力不足が日本経済にもたらす影響が明らかとなる中、政府はリスキリング推進に5年で1兆円を投じる意向を示すなど、取り組みを加速させている17。特に資金力が限られ、大企業ほどデジタル化が進んでいない中小企業の支援は重点的に進めるべきだ18。後藤氏によると、官民パートナーシップを通じた取り組みは重要な鍵を握る可能性が高い。国・地方自治体・民間企業などが一体となり、トレーニング・プログラムやジョブマッチングの機会を様々な形態・レベル・目的で提供する『日本リスキリングコンソーシアム』はその一例だ。19

日本では、民間企業・政府機関・教育機関の連携プログラムがその他にも見られる。例えば『京都アライアンス』は、地元大学生・企業の交流を通じたアップスキリング機会の提供を推進。NTTも地方大学と連携し、サイバーセキュリティ分野の研究者・専門家の育成に取り組んでいる20。また政府も、大学教育を通じたデータスキル強化策を進めている。21

後藤氏によると、組織内のチーム間連携(特に重要スキルの定義・マッピングに向けたタクソノミー開発)は、組織外ステークホルダーとの連携同様に重要だ。「スキルベース採用の重要性がますます高まる」中、組織が必要とするスキルが明確化されれば企業にとってメリットは大きいという。今回の調査では、企業が“スキルベース採用への移行を進めている”、あるいは“オンライン資格を重視している”と考える回答者がそれぞれ60%・54%に上った。

 

4:日本では雇用主がスキル強化機会・サポートの重要な推進役に

次に挙げるスキル強化機会・サポートの推進役として最も重要なのは誰ですか(政府・雇用主・自分の三つから選択)?(複数回答可)

資料:Economist Impactによる調査(2023年実施)

長期的成長の実現に向け、サイバーセキュリティ・ソリューション、クラウドコンピューティング、オートメーションといったデジタル・テクノロジーが重要な役割を果たすことは言うまでもない。しかしこうしたテクノロジーのポテンシャルを最大限活かすためには、人材のアップスキリング・リスキリングも不可欠だ。政府・企業は、今後も労働市場の方向性を大きく左右する可能性が高い。今回の調査でスキル強化の主な推進役と考えられている雇用主は特に責任重大だ。企業は求められるスキルを明確に伝え、職場でのスキリング機会を継続的に提供する必要がある。そして政府には、企業・大学との連携を通じた包括的人材育成システムのさらなる強化が求められている。

 


14 自己管理スキルには、時間管理スキル、アクティブラーニング、レジリエンス、ストレス耐性、柔軟性などのスキルが含まれる。ソフトスキル・対人スキルには、リーダーシップ、対人・異文化間コミュニケーション、倫理的な意思決定、英語力などが含まれる。

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